異常巻NIPPONITES
depth

05 / FRONTIER いま進んでいる研究

化石から、
泳ぐロボットへ。

ニッポニテスの姿勢を計算した研究者は、いま何をしているのか。

答えは、ちょっと予想外です。化石を3Dプリントしてプールで泳がせ、クラゲの仲間にヒントを得た、やわらかいロボットを作っています。

ここでは、その4本の論文を順番に、なるべくやさしく紹介します。どれも「8000万年前の貝の形が、いまの機械の設計につながっている」話です。

ニッポニテスの静水力学を計算した David Peterman は、その後もアンモナイトの形を「動くもの」として調べつづけています。しかも研究の道具が、計算から実物のロボットへ移っていきました。

そして現在の所属は古生物学だけではありません。流体力学の研究室と組んで、クシクラゲ(有櫛動物)の泳ぎ方を模した軟らかいロボットまで作っています。古生物学と生体模倣工学が、一人の研究者の中でつながっている——ここではその線をたどります。

本ページで扱うのは以下の4本。いずれもニッポニテスの静水力学を論じた Peterman, Mikami & Inoue (2020) と著者を共有する。◎はオープンアクセスまたはプレプリントで全文が読める。

2022SCIENTIFIC REPORTS

アンモナイトを3Dプリントして、プールで泳がせた

絶滅した生き物がどう泳いだかは、化石を見ているだけでは分かりません。そこで研究チームは、4種類の巻き方のアンモナイトを3Dプリントし、水に浮きも沈みもしないように錘を仕込んで、大学のプールに沈めました。水中にカメラと照明を置いて、放したロボットの動きを3次元で追いかけたそうです。

分かったことは、はっきりした「あちらを立てればこちらが立たず」でした。平たい形は、まっすぐ滑るのが得意で、水の抵抗も小さい。ふくらんだ形は、その場でくるっと回るのが得意。両方いっぺんに得意な形は、なかった。

だからアンモナイトの巻き方の多様さは、「正解を探して迷っていた」のではなく、目的の違う設計を並行して試していたと読めるわけです。

中立浮力・自走式の生体模倣ロボットを、形態空間の異なる4形態について3Dプリントで製作。仮想の静水力学計算から求めた姿勢を実物でも取るように重量配分を合わせ、現生オウムガイに近い推力を出す機構を積んでいます。

結果は、扁平な形ほど滑走時の安定性が高く後方噴射時の抗力も小さい、ふくらんだ形ほど鉛直軸まわりの回転が得意、という明快なトレードオフ。安定性と機動性は同時には取れない。これは水中を動くもの全般にかかる物理的制約で、アンモナイトの形態多様性は、この制約の上にある複数の解だった、という解釈になります。

四つの模型は、平面巻きの形態空間(Westermann morphospace)から選ばれている。端成分に近い三つ——サーペンティコーン(へその開きが大きい)・オキシコーン(扁平で巻きの拡大が大きい)・スフェロコーン(ふくらんだ形)——と、形態空間の中心。いずれも中立浮力に近く、現生オウムガイに相当する噴射推力で自走する。

測っている量は、静止状態からの加速・滑走効率・噴射の動態・水力学的安定性・機動性。ピッチ方向の姿勢変化の影響を除くため、各模型の静水力学的安定性を意図的に誇張して揺れを抑え、殻の形という変数だけを取り出している。そのうえで、実際の乱れた条件下で試験している。

結果。扁平な形は滑走効率が高く、後方噴射時の抗力も小さい。ふくらんだ形は鉛直軸まわりの回転が得意。著者らはこれを「水力学的安定性とヨー機動性のあいだの、逃れようのない物理的トレードオフ」と呼んでいる。

著者らは限界も明記している。移動中のロッキング(ピッチの変化)、オキシコーンとスフェロコーンで記録速度とモデル曲線の決定係数が低いこと、移動中のヨー、速度による付加質量の変化。

そして、この論文にはこう書かれています。

このトレードオフは、
唯一の最適な殻の形など存在しないことを明らかにする。

続けて、だからこそ流線形でない形を含む多様な形が、深い時間のなかで何度も繰り返し進化し、成功してきたのだと述べている。
——最適がないなら、そこから外れた形もありません。最適が一つに定まらないなら、そこからの逸脱として定義される「異常」もまた、基準を失う。

Peterman, D. J. & Ritterbush, K. A. (2022) Resurrecting extinct cephalopods with biomimetic robots to explore hydrodynamic stability, maneuverability, and physical constraints on life habits. Scientific Reports 12: 11287. ◎ doi:10.1038/s41598-022-13006-6

2025PALEOBIOLOGY

肋は、飾りではなかった

アンモナイトの殻には、たいてい細かい畝(肋)が走っています。これまでは「敵から身を守るためのトゲの一種だろう」と説明されてきました。でも、どう見ても防御には役立たなそうな模様もたくさんあります。

そこで研究チームは、肋の粗さだけを少しずつ変えた模型を作って、水の中で試しました。すると——肋が粗いほど、ゆらゆらする揺れが収まる。まわりの水が渦を作って、余分な動きのエネルギーを吸ってくれるのです。

ただし粗すぎると、今度は水の抵抗が増えて泳ぎにくくなる。いちばん得なのは「中くらいの粗さ」でした。揺れは収まるのに、泳ぎの効率はほとんど落ちない。

そして化石の記録を見ると、中生代を通じて、まさにその「中くらい」の肋を持つアンモナイトが増えていったのです。理屈で予想した得な形が、実際に選ばれていた。

肋(装飾)の粗さを連続的に変えた理論形態を用意し、①中立浮力の3Dプリント模型による揺れの実測、②流れの可視化実験、③数値流体計算(CFD)の三本立てで調べた研究です。

得られた像はこうです。粗い肋ほど揺れ(ロッキング)を減衰させ、可視化実験では乱された流れの中でのエネルギー散逸率が高い。一方でCFDによる抗力の評価では、抗力がはっきり増えるのはいちばん粗い区分だけだった。つまり中間の粗さは、揺れの減衰という利益を取りながら抗力の代償を払わずに済む——トレードオフをすり抜ける形が存在した。そして中生代の後半にかけて、その形が他より優勢になっていった、という対応が示されています。

ニッポニテスにも肋があり、その傾きが姿勢を約10°上向きに補正していました(生き方のページ)。肋は姿勢の記録であると同時に、姿勢を安定させる装置でもあったことになります。

装飾パターンは表面粗さに影響する突起として扱われ、粗さの連続体に沿った理論形態を系統的に生成している。物理模型は直径17.5cmで作られ、CFDはそれを1/5(3.5cm)と5倍(87.5cm)にも振って、アンモナイトのサイズとレイノルズ数のほぼ全域を調べている。揺れの減衰は減衰係数 γ と角振動数 ω で、流れの可視化は粒子画像流速測定(PIV)で評価している。粗さの区分は4つで、Ward (1981) のデータに基づく。

数字が効く。もっとも粗い装飾は、なめらかな模型に比べて抗力係数を遊泳速度に応じおよそ10〜16%増やす。ところが——それ以外の粗さの区分では、抗力係数はむしろ最大で10%近く「下がる」。細かい畝がゴルフボールのくぼみのように働くという古い議論に、定量的な裏づけが付いたことになる。

補足として、実在するアンモナイト(Pleuroceras spinatum)の粗く非対称な肋を、静水力学的に不安定ななめらかなサーペンティコーンに付け足す実験も行われ、揺れの減衰と角振動数の傾向が再確認されている。なお、そのサーペンティコーン模型の静水力学的安定性は現生オウムガイのおよそ3.3分の1(0.013 対 0.043)である。

著者らは、この結果を「敵による進化(escalation)」だけでは説明できなかった装飾の傾向に対する、水力学的な選択圧という別の説明として提示している。さらに、水中移動一般にかかる基本的な制約への示唆がある、と結んでいる。細かい肋がゴルフボールのディンプルのように流れの剥離を防いで圧力抗力を下げるという古い議論(Chamberlain & Westermann 1976)にも接続する。

なお下の操作盤は、肋の粗さが見た目にどう効くかを確かめるためのもので、論文のデータを再現したものではありません。表示される評価は論文の結論の要約です。

肋の粗さを変える

Peterman, D. J., Hebdon, N., Lusch, M., Byron, M. L., Panah, A. & Ritterbush, K. A. (2025) Hydromechanics of ammonoid conch ornamentation: trade-offs between rocking attenuation and drag reduction. Paleobiology 51(3). ◎ doi:10.1017/pab.2025.10053

2024 → 2026BIOINSPIRATION & BIOMIMETICS / ADVANCED INTELLIGENT SYSTEMS

クシクラゲの櫛を、磁石でつくる

ここで話は化石を離れます。

海にはクシクラゲという生き物がいます。体の表面に細かい櫛のような板がびっしり並んでいて、それを少しずつタイミングをずらして順番に打つことで泳ぎます。スタジアムのウェーブのように、波が伝わっていく打ち方です。エビやミジンコの脚、私たちの気管の繊毛も同じやり方をしています。

研究チームは、この櫛を磁石に反応するやわらかいシリコーンで作りました。外から磁石で動かすと、本物のように順番に波打ちます。

そして分かったのが、「行き」と「帰り」で動き方を変えると、運べる水の量がぐっと増えるということ。同じ速さ、同じタイミングのずれでも、左右非対称に打ったほうが水がよく動く。しかも、その非対称さは制御しなくても、材料の硬さと磁石の力のバランスだけで勝手に生まれるように作れました。

2026年には、この仕組みを積んでコードでつながれていない、自力で泳ぐロボットまで作られています。

多くの水生生物は、隣り合う付属肢を一定の位相差で順に打つ「メタクロナル協調」で泳ぎ、あるいは水を送ります。微生物の世界では、流れが時間反転しても同じになってしまう(=往復運動では前に進めない)ため、この対称性を破ることが本質的に重要です。一方クシクラゲが暮らすのは、粘性と慣性が両方効く中間のレイノルズ数域で、ここでの各付属肢の動き方の役割はよく分かっていませんでした。

そこで磁性シリコーンエラストマーで人工の推進板を作り、非対称の度合いが異なる3種類について、粒子画像流速測定と高速度撮影で調べています。結果、非対称な打ち方は、同じ振動数・同じ位相差でも明らかに多くの流体を動かす。そして非対称性は、弾性と磁気トルクの兼ね合いによって受動的に——つまり個別に制御しなくても——推進板に埋め込めることが示されました。

2026年の続報では、磁気応答性の推進板を並べた紐なし・中立浮力のメタクロナル遊泳ロボット(Cteno-Bot)が報告されています。

対象は 1 < Re < 10,000 のいわゆる中間レイノルズ数域。この領域では、メタクロナル協調と空間的に非対称な打撃運動が、推力の増加や隣接推進板どうしの流体的な相乗効果といった利益をもたらしうる。論文は、この領域の実験プラットフォームとしてソフトロボットを提示している点に価値がある。

この2本は、アンモナイトとは直接の関係がありません。ここに置いているのは、同じ研究者が古生物学から生体模倣工学へ実際に渡っていることを示すためです。「異常巻きの形は最先端の設計に使えるのか」という問いに対する、いちばん具体的な答えがこれです。

Peterman, D. J. & Byron, M. L. (2024) Encoding spatiotemporal asymmetry in artificial cilia with a ctenophore-inspired soft-robotic platform. Bioinspiration & Biomimetics 19(6): 066002. ◎ doi:10.1088/1748-3190/ad791c(プレプリント arXiv:2407.13894
Peterman, D. J. & Byron, M. L. (2026) Cteno-Bot: an untethered metachronally swimming robot with magnetoactive propulsors. Advanced Intelligent Systems.

2023BIORXIV / PREPRINT

紙で折れる

ここまでは全部、計算機の中の話でした。ところが——この形、折り紙で折れます。

やり方はこうです。台形の紙に、細長い区画をたくさん引く。区画の高さを少しずつ大きくしていく。区画の左右の折り角を、少しずつ変えていく。それだけ。

ここが気持ちいいところなのですが、折り紙の各部分が、そのまま式のつまみに対応します。区画の高さの増え方が「太り方」。左右の折り角の合計が「曲げ」。左右の折り角のが「ねじり」。

そして左右の角度を周期的に変えながら60区画ぶん折ると、ニッポニテスのような形が出てきます。画面の中ではなく、手のなかに。

岡本の成長管モデルを、折り紙で物理的に実装したという研究です。狙いは教育——数式やCGだけでは腑に落ちないものを、手で折って理解する。紙なら誰でも、どこでも、ほぼ無料で作れます。

対応づけはきれいに付きます。折り目のユニット高さ D を等比数列で増やすと対数らせんになり、これが拡大率に当たる。左右の折り角 αβ曲率捩率。さらに別の角度が開口の傾き(アペックスの滑り)に対応します。

実際に、台形の紙を60ユニットに分け、ユニット高さを 1.003ᵏ で増やしながら α と β を周期的に変えることで、Nipponites mirabilis のような複雑な巻きが折り出されています。

ただし正直な限界も書かれています。元の成長管モデルでは曲率・捩率・拡大率は互いに独立ですが、折り紙版では折り線が交差しないという制約から互いに縛り合う。折り紙では作れない貝もある、ということです。

この論文は、成長管モデルの位置づけについても要点を押さえている。Raup のモデルが固定座標系(巻軸)を前提にするのに対し、成長管モデルは座標系を一切定義せず、開口部の付加成長の積分としてのみ形を記述する。著者らはこれを、パラメータが生物学的に意味を持つ——開口部に対する体の動きとして理解できる——点で優れているとしている。本サイトの実験台がそのまま体験できるのは、まさにこの性質による。

なお、実際の標本から成長管モデルのパラメータを推定するのは長らく難しかったが、野下浩司によるソフトウェアで可能になったと記されている。野下は2019年の3D化石図鑑クラウドファンディングの支援者としても名を連ねている。

本サイトの立体はこの折り紙モデルではなく、元の成長管モデルを直接数値積分したものです。形の規則の実験台がそれに当たります。

Origami-based growing tube model for reproducing shell shapes. ◎ doi:10.1101/2023.07.19.549674(bioRxiv プレプリント)

一本の線

2020

化石を計算する

ニッポニテスのCTから成長14段階の姿勢と浮力を計算。本サイトと同じ標本。

2022

化石を泳がせる

3Dプリントの中立浮力ロボットをプールへ。安定性と機動性のトレードオフを実測。

2025

表面のかたちを問う

肋の粗さと揺れ・抗力の関係。中くらいの粗さがトレードオフをすり抜ける。

2024 → 2026

生き物から機械へ

クシクラゲ型の人工繊毛、そして紐なしで泳ぐロボットへ。

8000万年前の貝の形を測ることと、これから作る機械の形を決めることは、同じ物理の上で地続きになっています。

では、ニッポニテスの形は設計に使えるのか

潜水艦の形としては、たぶん使えません。ニッポニテスは流線形ではないので、水の抵抗が大きい。速く進む乗り物には向いていません。この生き物じたい、ゆっくり回りながら小さな餌を探す、のんびりした暮らしをしていたと考えられています。

でも、別のところが使えます。電気を使わずに姿勢が元に戻ること。噴射する場所をずらすだけで、その場で回れること。長い管をぶつからないように小さく畳めること。「速く進む」以外の目的なら、学べることがたくさんあります。

WHAT TRANSFERS
項目移せるか理由
船体の外形×流線形ではない。2020年の論文自身が、流線形とのトレードオフの結果として低エネルギーの暮らしを結論している。抗力最小が至上命題の乗り物には向かない
受動的な姿勢保持浮力中心と重心を離すだけで、動力なしに姿勢が戻る。ニッポニテスの安定性指数は0.07〜0.10で、現生オウムガイの約0.05より高い
推進器1本で回転と直進を選ぶU字の折り返しが噴射点を回転軸から外し、てこを作る。回転推力角はおよそ135°で、純回転90°と純並進180°の中間。漏斗を±45°振れれば両方を選べた可能性がある
表面形状だけの姿勢補正肋が斜めなだけで開口が約10°上向きに補正される。受動トリムに相当。2025年の論文は、肋の粗さが揺れの減衰にも効くことを実測している
長い管をコンパクトに畳む本サイトの実測では、平面に巻くと殻が自分を突き抜けるのに、蛇行を入れると離れる。自己交差せずに詰める問題は、熱交換器や配管の設計と同じ形をしている
耐圧殻隔壁は補剛材として働くが、耐圧構造としては球と円筒が最適解として確立している

設計論として本当に効きそうなのは、形そのものより少ない変数で三次元の形状族を張れることだと考えている。曲率・捩率・蛇行回数・総成長量・成長比の5つで、平面巻きかららせん、ニッポニテスまでが連続的に出る(形の規則)。しかも局所の成長規則だけで大域形状が決まるので、先端で足していく製法——積層造形——と素直に相性がよい。

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