異常巻NIPPONITES
depth

Nipponites mirabilis Yabe, 1904

こわれている、と
言われた形の話。

1904年10月15日、北海道で見つかった一個の巻貝のような化石に Nipponites mirabilis(驚くべき日本の石)という名がついた。あまりに奇妙な巻き方だったので、長いあいだ「奇形ではないか」と扱われた。
そうではなかった。この形には、規則がある。

ドラッグでまわせます


異常巻きアンモナイト・コレクション

ぜんぶ、おなじ式から出てきます

白亜紀の海には、ニッポニテスのほかにも「ヘンな巻き方」をした仲間がたくさんいました。まっすぐな棒。ヘアピン。コルク抜き。とちゅうでほどけたもの。

下の8つは写真ではありません。ぜんぶ、たった二つのつまみ(曲げとねじり)を変えて、その場で計算して描いた形です。ばらばらに見える形が、実は一つの仕組みの中に並んでいます。

異常巻きアンモナイトは、ニッポニテスだけではありません。まっすぐなバキュリテス、ヘアピン状のディプロモセラス、らせんのユーボストリコセラス——白亜紀の海には多様な巻きがひしめいていました。

下の8つはすべて、同じ成長管モデルで、曲げ C とねじり T の与え方だけを変えて生成しています。形が違うのではなく、つまみの位置が違うだけだ、というのがこの図の主張です。

Okamoto (1988a) は成長管モデルをノストセラス科8種に適用し、成長を通じた C・T の変化から安定期と遷移区間が明瞭に読み取れることを示した。下図はその考え方の再現で、C と T を θ の関数として与えている。

これらは特定標本への当てはめではなく、形の型を出すための値である。実際の分類群の同定に使えるものではない。断面は真円の管とし、装飾は描いていない。

まっすぐバキュリテスBaculites
殻がほどけきって、まっすぐの棒になった型。
C ≈ 0 / T = 0
平面のうずまきふつうの巻き
曲げだけで、ねじりがゼロ。教科書のアンモナイト。
C 大 / T = 0
ゆる巻きスカラリテスScalarites
曲げを弱めると、巻きがほどけて離れる。
C 小 / T = 0
ヘアピンディプロモセラスDiplomoceras
まっすぐ伸びて、一点で折り返す。ヘアピン。
C は折り返しでだけ跳ね上がる
くねっアンキロセラスAncyloceras
平面に巻いて、伸びて、最後にフックで曲がる。
C が成長の途中で三度変わる
ふわカールユーボストリコセラスEubostrychoceras
ねじりを一定にかけ続けると、コルク抜き。
T が一定
とちゅうでほどけたディディモセラスDidymoceras
らせんの最後で、ねじりをやめて曲げを強める。
T → 0、C 大
ふくざつニッポニテスNipponites
ねじりの符号を周期的に入れかえる。それだけ。
T が右・左・右と反転

こんなに違う形が、同じ計算から出てくる。同じ枠組みの中に並べられる、ということ自体が、これらを「異常」と呼ぶ理由の薄さを示しています。 つまみを自分で動かしてみる →


読む深さを選べます

見る・切る・測る

このサイトは、右上のスイッチで文章の深さが変わります。見るははじめての人へ。切るはもう少し踏み込みたい人へ。測るは数式・実測値・原著論文まで出します。いつでも切り替えられるので、途中で深くしても浅くしても構いません。

ふつうのアンモナイトは、平らにくるくる巻く

ぐるぐるの渦巻き。教科書で見るあの形です。ところがニッポニテスは、まるで見当ちがいの方向へ曲がり、折り返し、また曲がる。とても生き物の設計とは思えない。宇宙人みたいだ、と言われるのもわかります。

でも、この形はでたらめではありません。左にねじれる → まっすぐ平らに巻く → 右にねじれる、を交互にくり返しているだけなのです。しかも、いちばん最初にできた内側の部分は、ふつうのアンモナイトと同じように、きれいに平らに巻いています。

つまり、こわれていたのではなく、こちらの「ふつう」がせまかったということです。

右巻きと左巻きを、規則的に往復している

アンモナイトの殻は、口(開口部)のふちに新しい殻を足していくことで大きくなります。だから殻の形は「管がどう伸びたか」の記録そのものです。ニッポニテスの管は、初期には平面のゆるい巻き(クリオコーン)を描き、そのあと左らせん・平面・右らせんを交互にくり返しながら、初期の巻きの周りをU字に折り返していきます。

1980年代、愛媛大学の岡本隆はこの軌跡を曲率と捩率という二つの量だけで書き下せることを示しました。捩率の符号を周期的に入れかえるだけで、近縁のユーボストリコセラス(コルク抜き状のらせん)からニッポニテスの形が出てくる。設計図をまるごと描き替える必要はなかったのです。

その二つの量を、自分で動かしてみる →

成長管モデルと、その後の検証

Okamoto (1988a) は微分幾何を用い、殻を「断面が円の管」とみなして、その中心線をフレネ枠上の無次元曲率 C無次元捩率 T・拡大率で記述した。Nipponites mirabilis の巻きは、この枠組みで区分的な式に還元される。Okamoto (1988c) はさらに、蛇行が生息姿勢を一定に保つためのフィードバック(成長方向調節モデル)で説明できること、そして成長プログラムのわずかな改変が形態の跳躍的な変化(morphological saltation)を生みうることを示した。

2020年、Peterman・三上・井上は、本サイトが扱っているのと同一の標本 INM-4-346 のCTデータから14の成長段階の仮想モデルを作り、静水力学的性質を計算した。結論は、全成長段階で中立浮力が可能であり、底生に縛られていなかった、というものである(Peterman et al., 2020, PLOS ONE)。

文献一覧(DOI付き)→

01 / FORM

形の規則

曲率と捩率のつまみを動かして、平面巻き・らせん・ニッポニテスを行き来する。この形が規則から出てくることを、自分の手で確かめる。

02 / SWIM

ニッポニテスになる

白亜紀の海でプランクトンを探す。思いどおりに動けないはずです。その不便さは、ぜんぶ研究の結果から来ています。

03 / LIFE

どう生きていたか

浮いていたのか、沈んでいたのか。姿勢、浮力、肋の傾き。2020年の計算が出した答えと、いまも残っている異論。

04 / CT

CTを切る

実物のX線CT体積を、好きな面で切る。0.078mmの分解能で、殻表面の肋と、内部に閉じ込められた割れが見える。

05 / RECORD

記録と文献

1904年から今日までの120年。種のリスト、用語、CTデータの仕様、そして原著論文のDOI。

「異常巻き」という名前は、
殻ではなく、見る側についている。

ニッポニテスは、日本古生物学会のシンボルマークに使われている。矢部長克が新属新種として記載した10月15日は「化石の日」に定められている。