02 / LIFE 姿勢と浮力
形の規則がわかっても、まだ謎が残ります。こんな形で、海の中をどうしていたのか。
ずっと海底に転がっていた、という説がありました。ぐちゃぐちゃに絡まった管のような殻は、岩にくっついて暮らす貝に似ていたからです。海綿と一緒に暮らしていた、という想像もありました。
2020年、答えに近づく計算が出ます。使われたのは、このサイトで切っているのと同じ標本(茨城の博物館にある INM-4-346)のCTでした。殻の中の空気と水の量、体の重さ、重心と浮力の中心を全部つくって、成長の14段階ぶん計算した。
結果は、どの段階でも「ぷかぷか浮いていられる」。海底に縛られてはいませんでした。しかも口はいつも横か、やや上を向いていた。下を向くことはなかった。
殻の中は隔壁で仕切られた小部屋(気室)になっていて、そこの水と気体の割合で浮き沈みが決まります。だから殻の立体形がわかれば、生きていたときの浮力・重心・姿勢は計算できます。
Peterman・三上・井上(2020)は、標本 INM-4-346 のCTから殻の外形を起こし、縫合線から隔壁を作り、軟体部を復元して、成長14段階の仮想モデルを組みました。得られた結論は三つ。①全段階で中立浮力が可能(気室の一部に液を残して調整できる)、②姿勢は横向きから上向きの範囲に収まり、下向きにはならない、③U字の折り返しが増えるほど、鉛直軸まわりに回転しやすい体になる。
そこから描かれる姿は、速く泳ぐ狩人ではありません。ゆっくりその場で回りながら、まわりの小さな浮遊生物をさらう——低エネルギーの暮らしです。
Peterman, Mikami & Inoue (2020) は INM-4-346 のCT(本サイトが用いているのと同一標本)を基本モデルとし、縫合線は NMNS PM35490 から、体房比は MCM-A0435 ほかから与えて、14の成長段階について静水力学量を算出した。
用いた密度は軟体部 1.049、殻 2.54、気室液 1.025、気室気体 0.001 g/cm³。体房比はおよそ42%(別個体では約36%)。中立浮力に必要な気室の排液割合 Φ は全段階で100%未満に収まり、気室液を約3〜28%残す形で釣り合う。静水力学的安定性指数 St は成長とともに 0.10 から 0.07 へ緩やかに下がるが、現生オウムガイのおよそ0.05より一貫して高い。すなわち姿勢は「かなり固定的」で、自力で大きく傾けることは難しかったと推定される。
開口の向き θa は約 −11°〜+99°(0°が水平、+が上向き)の範囲で振動し、下向きに大きく傾く段階は現れない。肋が成長方向に対して斜めであることが、開口をおよそ10°ぶん上向きに補正している。肋は過去の開口位置の記録なので、これは生時の姿勢の直接的な証拠になる。
推力については、幼期のクリオコーン期は推力角がほぼ0°で後方への水平移動に向く。U字の折り返しが発達すると回転推力角が上がり、およそ135°——純回転(90°)と純並進(180°)の中間——に落ち着く。漏斗を左右に曲げられたなら、回転と並進を選べた可能性がある。
安定性が高いほど、外から押されても姿勢が戻る。かわりに自分では姿勢を変えにくい。ニッポニテスはオウムガイより高い側にいる。
数値は Peterman et al. (2020) による。安定性指数は浮力中心と重心の距離を体積の立方根で割ったもの。
「姿勢はこうだったはずだ」と言うだけなら、いくらでも言えます。科学がすごいのは、それを確かめる方法を用意するところです。
手順はこうです。まず殻の形から、浮力と重さの釣り合いで生きていたときの姿勢を計算する。次に「口はいつも一定の角度を保っていたはずだ」と仮定して、殻の表面にどんな向きの畝ができるかを予言する。そして——本物の化石と見比べる。
結果はよく一致しました。予言が当たったということです。
Okamoto (1988b) の方法である。北海道の上部白亜系から出る Eubostrychoceras muramotoi ほかについて、静水力学モデルと微分幾何で生時の姿勢と成長パターンを復元した。その復元の妥当性を、肋の傾きとその成長にともなう変化を使って検証している。
肋はどの成長段階でも開口に平行で、推定された姿勢の変化とよく対応する。そこで「成長は開口でのみ起こり、その開口は海底に対して一定の角度を保つ」という条件でシミュレーションを組み、肋のパターンを計算した。E. muramotoi では開口角を40°(実物の最終巻きから決めた値)として計算した理論プロファイルが、実物とよく似た。
もうひとつ印象的な結果がある。成長を追って姿勢を計算すると、ある段階(30〜32)で姿勢が急にひっくり返る。そして安定性の指標——浮力中心と重心の距離——は、成長とともにおおむね増えていくのに、姿勢がひっくり返るその瞬間に最小になる。
Okamoto (1988b) の結論は、初期の直棒期を除けば、浮遊するか、あるいは軽く底に触れる程度の生活が強く示唆される、というものだった。ただし例外もあり、①生活様式が違う(純粋な底生など)、②開口が常に一定角を保つとはかぎらない、という二つの可能性が明記されている。
1988年の Okamoto は E. muramotoi について「浮遊または軽く底に触れる」とした。ところが2012年、東浦・岡本は同じ種について、負の浮力(海底に接する生活)を仮定した理論形態のほうが実物の肋傾斜とよく合う、と報告している。
同じ人が、同じ標本について、24年かけて考えを変えた。しかも変えた理由が「肋の傾き」という、1988年に自分で導入した検証手段だった。これは科学が壊れた例ではなく、科学が働いた例です。
「浮いていた」は、いまのところ有力な答えです。でも異常巻きアンモナイトが全部そうだった、という話ではありません。
たとえば近い仲間のユーボストリコセラス・ムラモトイという種は、計算してみると沈んでいたほうが化石の特徴とよく合う、という研究があります。同じ「異常巻き」でも、暮らし方は種ごとに違っていたようです。
ひとつの答えで全部を片づけないこと。それも、この形が教えてくれることのひとつです。
ニッポニテスの浮遊説は現在有力ですが、異常巻き全体に一般化はできません。東浦・岡本(2012)は Eubostrychoceras muramotoi について、従来前提とされてきた中立浮力ではなく負の浮力(海底に接する暮らし)を仮定した理論形態のほうが、実物の肋の傾きとよく合うことを示しました。
岡本自身も、シミュレーションに基づいて多くの異常巻きに底生寄りの生活を認めつつ、ニッポニテスについては中立浮力・浮遊性という Ward & Westermann (1977) の見方に同意しています。種ごとに違う、というのが現在の理解に近い。
下を向いたことは、一度もなかった。
14の成長段階のどこを取っても、開口が大きく下を向く姿勢は現れない。ぐちゃぐちゃに見える殻は、口をいつも水平から上へ向けておくための、かなり手のこんだ装置だったことになる。
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