ホーム 実験室 VR情報 ワールドの脈 ちはやについて お問い合わせ

読んだ論文の話

N S

ヒトにも「磁気を感じる力」
あるかもしれない

青い光と磁場の共鳴 ― 2022年、Scientific Reports に載った実験の図解

渡り鳥のコンパスが、私たちの目の中にも?

渡り鳥や海亀が地球の磁場を頼りに旅をすることは、よく知られています。いっぽう「人間は地磁気を感じない」というのが長年の定説でした。

2022年に韓国・慶北大学校などのチームが発表した論文は、その定説に実験で切り込んだものです。面白かったので図解にまとめました。先に書いておくと、私自身が追試したわけでも、正しさを保証できるわけでもありません。査読を通った一つの報告として、こういう研究がある、という紹介です。

目隠しをした空腹の男性が、回転椅子の上で「磁場の北」を偶然以上の確率で当てた ― しかも、青い光があるときだけ。

論文の骨子 ― 三つのポイント

目隠し回転実験で「磁北当て」に成功した人たちがいた

19〜26歳の男性34人が、目を閉じ耳をふさいで回転椅子に座り、コイルで操作された「磁北」を2択で当てるテストを受けました。チョコレートと磁北の向きを関連づけた空腹条件で、統計的に偶然(50%)を上回る正解率を示すグループが見つかったそうです。

青い光がないと、当てられない

波長を変えて調べると、青色光(400〜500nm)が目に届くことが正解の条件でした。赤い光は成績を妨げ、青い光はその妨害を打ち消したとのこと。暗闇では誰も当てられません。これは渡り鳥の「光依存の磁気コンパス」と共通する性質です。

特定の周波数の電波で、能力が消えた

電子のラーモア周波数(1.260MHz)というごく弱い振動磁場をかけると正解率が下がり、磁場を1.5倍に強めると「効く周波数」もぴったり1.5倍に移動。この「共鳴」は、量子力学的なラジカル対機構の証拠と考えられています。

どうやって調べたのか

  1. 連合 ― えさ付け

    磁北を向いて座り、チョコを1粒もらって食べる。「この方角=食べ物」という関連づけをつくります(何ももらわない対照条件も実施)。

  2. 磁場をシャッフル

    電磁シールド室の中で、コイルが「磁北」を本物の北か南にランダムに切り替え。音・光・振動のヒントは一切ありません。実験者も条件を知らない二重盲検です。

  3. 2択で回答

    椅子を回して「いまの磁北はこっち」と思う方角を向き、手を挙げて答える。2択なので、まぐれなら正解率は50%。これを統計的に上回れば、磁場そのものを手がかりにしたと考えられます。

青が効いて、赤が妨げる

◎ 青だけで正解率が上がる× 赤は妨害する

有力視されている仕組みは、網膜のタンパク質「クリプトクロム」。青い光を吸収すると分子のペア(ラジカル対)が生まれ、その量子的なスピン状態が地磁気の向きで揺らぐ ― その化学反応の差が「方角の信号」になる、という筋書きです。クリプトクロムはヒトの網膜にも存在することが報告されています。

地磁気 45.0μT + 1.260MHz の電波(ラーモア周波数)
正解率ダウン
地磁気 45.0μT + 1.890MHz(周波数ずらし)
変化なし
磁場を 67.5μT に強化 + 1.890MHz(新しいラーモア周波数)
正解率ダウン
磁場を 67.5μT に強化 + 1.260MHz
変化なし

効く周波数が磁場の強さに正確についていく ― 「共鳴」でしか説明しにくい振る舞いです。

読むときに、私が気をつけたこと

  • 効果はわずかです。正解率が50%から55〜60%程度に上がる、という統計の話で、本人に「感じられる」自覚はありません。
  • 被験者は34人の若い男性のみ。独立した研究チームによる追試・再現はこれからです。
  • 別のメカニズム(磁鉄鉱ベース)を示唆する先行研究もあり、結論は割れています。
  • 「人間が日常の方向感覚に磁気を使っている」ことの証明ではありません。
  • この記事は論文の紹介であって、何かの効能や健康法の話ではありません。

それでも、渡り鳥と同じ物理原理のコンパスが人間にも眠っているかもしれない、という問いは、私にはとても魅力的に見えました。五感の外にある感覚の話として、置いておきます。

図解PDFと、原著論文

5ページの図解まとめ(PDF)を配布しています。詳しい方は、ぜひ原著(オープンアクセス)をどうぞ。

出典:Chae, K.-S., Kim, S.-C., Kwon, H.-J. & Kim, Y. Human magnetic sense is mediated by a light and magnetic field resonance-dependent mechanism. Sci. Rep. 12, 8997 (2022). CC BY 4.0
https://www.nature.com/articles/s41598-022-12460-6