ラニアケア観測記
答えはイエスです。比喩ではなく、住所として。 端末の位置情報を許可すると、この住所のいちばん上の行が埋まります。
## わたしは、おとめ座にいるの?
答えはイエスです。比喩ではなく、住所として。 端末の位置情報を許可すると、この住所のいちばん上の行が埋まります。
ラニアケアはハワイ語で「measureless heaven(測り知れないほど広い天)」。 星を頼りに海を渡った人たちへの敬意から、2014年、この名がつきました。宇宙で最大級の構造に、星を読んで舟を出した人たちの言葉がついている。
## 10万個の銀河が、ぜんぶ同じ方へ流れている
2014年、天文学者たちは「銀河がどっちに向かって流れているか」を丹念にマッピングして、私たちの所属先を書き換えました。おとめ座超銀河団は、もっと大きな構造の一本の枝でしかなかった。
VR/ARボタンはWebXR対応端末(Quest・一部のAndroid Chrome など)で動きます。非対応の端末では上の地図を指で回してください。
### 引いているもの ── グレート・アトラクター
長いあいだ正体不明でした。その方向を見ようとすると、私たち自身の天の川銀河の濃い部分が邪魔をして光が通らないからです。天文学ではそこを回避帯(Zone of Avoidance)と呼びます。自分の家の壁が邪魔で、隣の街が見えない。
X線と電波で壁の向こうを覗けるようになって、そこにあったものがわかりました。ひとつの巨大なブラックホールではなく、じょうぎ座銀河団を含む、銀河が異常な密度で溜まった重力の底。しかも質量の大半は、目に見えないダークマターです。
## いま、どっちの方向にあるのか
ここまでの固有名詞は、ぜんぶ実在の座標を持っています。端末のカメラ・方位センサー・GPSをつなぐと、あなたが立っている場所の空に、それを重ねられます。
おとめ座を向けば、地上を見限った女神の話が出ます。月を向けば、帰りたくないと泣いた姫の歌が出ます。屋内でもかまいません。壁の向こう、足の下の方向として表示されます。
## 夜空の同じ場所にある、正反対のふたつ
神々と人間がいっしょに暮らした黄金の時代が終わり、人は嘘をつき、奪い、武器を持つようになった。神々は一人また一人と天へ帰る。
アストライアだけが最後まで残り、いつか正気に戻ると信じて正義を説き続けた。けれど鉄の時代が来て、彼女もついに翼を広げる。その姿がおとめ座、善悪を量った天秤がとなりのてんびん座になった。
地上を見限って、自分から昇った。
天に還る美しい人。アストライアと同じだと思いますよね。私も最初そう思いました。でも『竹取物語』をちゃんと読むと、向きが逆なんです。
かぐや姫は罪を犯したから地上に降ろされたと本文にはっきり書かれています。地上は罰として送られる場所で、彼女は咎人でした。刑期が明けたから、迎えが来て、帰らされる。
むしろ彼女は、帰りたくないと泣くのです。
同じ「天は清らかだ」という材料から、ギリシャは〈地上に絶望して自分から昇る話〉を作り、日本は〈降ろされて、愛されて、泣きながら帰らされる話〉を作った。
そしてこの差は、そのまま「地上をどう思っていたか」の差になっています。アストライアの物語で、地上は見捨てられるもの。かぐや姫の物語では、罰として送られたはずの、汚れた場所であるはずの地上が、帰りたくないほど良いところになってしまっている。一致より、このねじれのほうが大きな話に思えました。
### 三つめの答え
去る(アストライア)。帰らされる(かぐや姫)。だめな世界を前にして、清らかな存在に何ができるか。答えは二つで終わりではありませんでした。観音です。
観音菩薩は、苦しんでいる人がいるかぎり、相手に合わせて姿を変えながらこの世に現れ続けるとされます。天に自分の席があるのに、そこへ引っこんでしまわない。アストライアも最後まで地上に残った女神でした。そこまではまったく同じです。でも彼女は限界が来たときに翼を広げ、観音は広げないほうを選んだ、ということになっている。
どちらが偉いという話ではありません。見限るのは正しい判断でありうるし、留まるのは苦しいだけかもしれない。ただ、地上に残るという選択肢をわざわざ物語の中心に据えた文化が、かぐや姫を「帰りたくない」と泣かせた文化と同じ場所にあるのは、偶然ではない気がします。
## ここで一度、まちがえた
発端は『The Adam and Eve Story』という本でした。1963年の民間の本で、地球はときどき大災害でリセットされてきた、という内容。これがCIAの資料としてファイリングされ、黒塗り込みで公開されたので、ネットでは「隠された人類滅亡の真実」ということになりました。 実際はそんなに怖い話ではないようです。CIAが調べて書いたのではなく、市販の本を集めていただけ。黒塗りも、扱った職員の身元を伏せるための事務処理だそうです。秘密文書というより「あの時代の情報機関が何に食いついていたか」がわかる資料。私はそっちのほうが面白いと思いました。
磁石のN極が指す北は毎年動いています。カナダのあたりにあったものが、ここ数十年でシベリアのほうへずいぶん移動して、飛行機のナビに使う磁気モデルは何度も修正されています。地球全体の磁力もここ150年ほどで弱まり、南大西洋のあたりには磁場がやたら薄い巨大な弱点が広がっている。これはぜんぶ観測されている事実です。
で、私はこう続けました。「逆転は平均20〜30万年に1回。でも最後は約78万年前。周期を大幅にオーバーしているから、そろそろ来てもおかしくない」──これ、まちがいでした。
地磁気の逆転は周期的ではありません。100万年以上あいだが空いたことも、数万年で立て続けに起きたこともある。かなりランダムに近い。だから「遅れている、だから近い」は成り立たない。借金の取り立てではないので、遅れているぶんだけ確率が高まる、ということにはならないのです。
この端末の方位センサーが指しているのも、その動いているほうの北です。下の数字は、あなたのいまの向き。
## ここが惜しまれる側であってほしい
天の羽衣を着せられると、地上での物思いはぜんぶ消えてしまう、と物語には書かれています。彼女はそれを知っていて、着る直前に、手紙と歌を残しました。
もう行かなければならない、この羽衣を着るこの瞬間になって、あなたのことをいとおしく思い出しました──という歌です。清らかで、苦しみのない天に帰れる。その一歩手前で彼女が惜しんだのは、汚れているはずの地上と、そこにいた誰かのことでした。
私たちは、ラニアケアという測り知れない天の、端のほうの細い枝の、おとめ座と名のついた場所にいます。どこへも行けないし、引かれている先にもたどり着けません。それでも、ここが惜しまれる側であってほしいと、私は思っています。
神話が似ているのは、人類が同じ秘密を共有していたからではなく、同じ空の下に立っていたからではないか。地上のものは腐るし、人は老いるし、約束は破られるし、村は焼ける。でも星は毎年おなじ場所に戻ってくる。特別な知識も、失われた文明も要りません。縄文の人も、ギリシャの人も、竹取の作者も、同じ空を見た。それだけで「上には、こわれないものがある」に別々にたどり着ける。私にはそのほうが、むしろすごいことに思えます。
地上での物思いは、ぜんぶ消えてしまいました。タップで戻る